子どもの頃の夢を、本気で追い続けたらどうなるのか

子どもの頃の夢を、本気で追い続けたらどうなるのか

Alex T Thomas

2026年6月22日

東京を拠点に活動するフォトグラファー、パフォーマー、アーティストのAlex T Thomas。ファッション、コメディ、映画、ポップカルチャーから影響を受けながら、セルフポートレートやパロディ広告、パフォーマンスを通して独自の世界観を表現している。 80年代、90年代、Y2Kカルチャーへの愛情をベースにした作品は、ユーモアとノスタルジア、そして映画のような空気感をあわせ持つ。

ヘアブラシをマイクにしていたあの頃の少女へ

あなたのストーリーを教えてください。

私のクリエイティブな旅が始まったのは...生まれた瞬間からでしょうか!? 占星術的には獅子座の要素を5つ持って生まれたので、生まれながらにスターになる準備はできていました。

物心ついた頃から、自分は何か大きな存在になるという壮大な妄想を抱いていました。8歳の頃にはヘアブラシをマイク代わりにして架空のインタビューを受けていたし、カメラを持てるようになるとすぐに友達と映画を作り始めました(当時のカメラは本当に重かったんです)。

ダンスの発表会では、自分が次のブリトニー・スピアーズだと本気で思っていました(歌えれば良かったのですが)。カメラを向けられると自然にポーズを取っていて、それが私の素の状態でした。

高校ではフィルム写真に夢中になり、eBayでフィルムカメラを集めていました。記録することに取り憑かれていて、いつもフィルムカメラかビデオカメラを持ち歩いていました。友達と遊ぶ時は、どんな予定であっても必ず撮影会をねじ込んでいました。

ミュージックビデオ、架空のテレビ局、ホラー映画。いつもポップカルチャーをパロディ化した作品ばかり作っていました。一人でいる時は、トロール人形でストップモーション映画を撮ったり、バービー人形で昼ドラのような作品を作ったりしていました。 学校ではレポートを書く代わりに、先生を説得して映像エッセイを提出させてもらっていました(これはYouTubeが登場する何年も前の話です)。学校や大学は要領よく切り抜け、できるだけ楽をしながらなんとか卒業しました。A評価を取れたのは美術の授業くらいでした。

その後どこかで道を外れてしまいました。両親から「現実社会に出て」「お金を稼がなければならない」と言われたからです。

20代の頃はビデオレンタル店でアルバイトをしながら、映画やアーティスト、ミュージシャン、コメディアンに囲まれて過ごしていました。フリーランスのデザイナー、フォトグラファー、映像制作者としてそれなりにやれていると思っていましたし、夢と並行して生きているつもりでした。

その後、東京やソウルに移り、同じような生活を続けました。

しかし15年もの間フリーランスとして走り続けた結果、私は疲れ果てていました。燃え尽き、貯金もなく、どこへ向かっているのかも分からない。ただ一つ確かなのは、自分が主演する映画のレッドカーペットに向かっているわけではなかった、ということです。

私は多くのことに無意識のうちに足を引っ張られていると分かっていました。

パンデミック中、友人たちと一緒に『The Artist’s Way』に取り組み、少しずつ、自分の中にいる“『もう一度声を聞いてほしい』と願っていた子どもの自分”と再会していきました。

本の中のいくつかの課題は、私の思い込みやブロックを揺さぶり、自分がもともとどんな人間だったのかを思い出させてくれました。例えば、子どもの頃の部屋をどんなふうに飾っていたかを振り返ったことで、本当はアートと色にあふれたマキシマリストな空間で暮らしたい人間だったのだと気づいたんです。

その後、「あなたは世界的に有名になる運命にある」と言う占い師とのセッションを受けました。その言葉は、私がずっと欲しかった“許可”をようやくもらえたような感覚を与えてくれました。

最初は何をすればいいのか分かりませんでした。手元にあったのは、自分自身とカメラだけ。そこで私はセルフポートレートを撮り始めました。子どもの頃に憧れていたものを、自分の技術で再現できるのか試してみたかったんです。キッチンでハイファッション誌のエディトリアル撮影ができるだろうか、と。

私は昔から映画、奇妙なインテリア、キッチュ、キャンプ、そしてポップカルチャーが大好きでした。ファッション、デザイン、コメディは私の軸です。

だから今は、それらすべてを組み合わせています。自宅を映画のセットのように改装し、渋谷のTokyo Comedy Barでスタンドアップコメディをやり、さらに『How To Watch A Movie』という、スタイリッシュな隠れた名作映画を紹介するYouTubeチャンネルも始めようとしています。

私は今、大きな計画を抱えています。時代の空気そのものを盗み出すような計画です。

昨年は、モデルの仕事が一件も決まりませんでした。そこで私は、落とされた仕事は全部、自分で広告キャンペーンを作ることにしたんです。Ray-Ban、Pepsi、Zippoといったブランドをパロディ化した架空広告をいくつも制作しました。ディレクション、モデル、撮影、デザイン、編集、コピーライティングまで、すべて自分ひとりで。 苛立ちと反骨心だけで、一人広告代理店になったようなものです。復讐心ほど優れたモチベーションはありません。

私はかなり80年代、90年代、そしてY2Kの美学に取り憑かれています。だって、2002年以降は良いものが生まれていないんですから。

そして最近、自分の使命がはっきり分かってきました。それは、コメディというトロイの木馬に乗せた“スタイリッシュな革命”を起こすこと。そして未来を、1999年に私たちが約束されていたはずの未来へと軌道修正することです。

もうグレーばかりのインテリアはたくさん!

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両面テープと夢に支えられて

ここまで来ることができた理由、そして続けられている理由は何ですか?

「作っても誰が気にするんだろう」と思って、自分の作品を発表しなかったことが何度もありました。特にここ数年、世界はずっと悪夢のような状態が続いていて、何かを創ることがどこか些細なことや現実逃避のように感じられることもあります。それでも、私の壮大な夢や妄想を信じてくれる昔からの友人たちが背中を押してくれています。

私は自分に、「人は自分が望む形で芸術的な人生を生きることが可能だ」と示す責任があるように感じています。それはある意味で、小さな反抗でもあります。

また、見ず知らずの人からもらった何気ない優しい言葉に何度も救われてきました。自分の作品が誰かに影響を与えたと知ることは、自分自身の創作意欲を取り戻すきっかけにもなります。

何かを作って世に出すと、その影響がどこまで広がるかは分かりません。でも、その波紋はいつか自分が一番必要としている時に返ってくることがあります。

そしてもちろん、100円ショップのテープも。私の作品と人生は、両面テープと夢で形を保っています。

これまでの創作の中で、大きな前進を感じた瞬間はありましたか?

占い師とのセッションで、「あなたは世界的に有名になる運命にある」と言われたとき、子どもの頃から夢見ていた運命にようやく許可をもらえたような気がしました。

とはいえ、すぐに行動に移せたわけではありません。私は人から見られることに強い不安があったので、それを乗り越える必要がありました。でもまずはPatreonを始めました。毎月、私の顔が載ったポストカードを楽しみにしてくれている人たちがいるおかげで、創作を続ける力になっています。

今の時代は、セーフティネットのないアーティストに決して優しくありません。生活費も家賃も高く、芸術を続けながら生きていくのは本当に大変です。それでも私は、自分の運命だと信じるものを追いかけると決めました。

家賃や請求書を払うだけで精一杯で、生活必需品すら買えない時期もありました(そもそも「生活費」という言葉自体、みんなもっと疑問を持つべきだと思います)。疲れ果ててストレスを抱えながらも、人生のより多くの時間をアートやパフォーマンスに捧げ、自分が本当に心を動かされることを追い続ける重要性は日に日に増しています。

私はこれまで、社会が求める生き方の流れに全身全霊で抗ってきました。満員電車に揺られ、蛍光灯の下で9時から5時まで働き、誰かを豊かにするために時間を費やし、自分はただ「存在するためだけ」に働く。そんな人生を送るために私はここに来たわけではありません。

人は自分の望む人生を生きることができる。そのことを誰かに示したいとずっと思ってきました。そしてそれを証明するためには、まず自分自身が実践しなければならないのです。

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成長するつもりはなかった

自分が成長したと感じたのはどんなときですか?

クリエイティブにおける成長とは...「アーティスト」という言葉に付きまとう社会的なイメージが嫌で、自分のことをアーティストと呼べなかった私が、その肩書きを受け入れられるようになったことでしょうか?それとも、楽しめてもいなかったSNSのような現代のツールを受け入れられるようになったこと?

ただ綺麗な光の中で撮った自分の写真を投稿するだけではなく、作品を通して物語やメッセージを伝えられるようになったこと?

頭の中だけで終わらせず、とにかく作品を作って世に出すこと?誰にも見られなくても、思い描いた反応が得られなくても、作り続けられるようになったこと?

自分のアイデアはいつも身の丈以上に大きいと認めつつ、それでもできることをやろうと思えるようになったこと?

それとも、「文句を言ってないで、とにかく作れ」という姿勢を身につけたこと?

正直に言うと、私は望んでもいないのに成長し続けています。あまり好きではないけれど、必要なことなんだと思います。

最近になって自分がADHDだと分かり、自分の脳の仕組みについて学びながら、それとうまく付き合う方法を探しています。これは私にとって大きな成長のプロセスでした。何でもやりたいのに何もできない日や、生産性との向き合い方を理解する助けにもなりましたし、自分自身にもう少し優しくなれるようにもなりました。

それに何より、コメディのネタが大量に増えました。

クリエイターとして、どんな瞬間に一番幸せを感じますか?

大きな制作が終わったあと、その散らかった現場を片付けている時です。頭の中にあったものを実際に形にしようと動き、最後までやり切れたことに大きな満足感を覚えます。

私はたぶん、人よりもずっと多くの時間を頭の中で過ごしています。もしかしたら多すぎるくらいに。でもそこには完璧な観客がいて、いつも私にスタンディングオベーションを送ってくれるんです。

それから、素材をいじりながら最終的なビジョンを完成させていく過程も大好きです。編集作業は時に圧倒されることもあります。写真の色味はいくらでも変えられるし、ジョークのオチをより効果的にする言葉の組み合わせも無限にある。動画だって、どのテイクをどんな順番で並べるかによってまったく違うものになります。だからこそ、明確なビジョンを持つことが大切なんです。そうでなければ、編集は永遠に終わりません。

でも、そのビジョンがぴたりとはまる瞬間があります。それは理屈ではなく直感で分かるんです。そしてその瞬間は、最高のドーパミンが出ます。

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予算ゼロ。ビジョンは巨大。

今振り返ると、経験しなくてもよかったと思う出来事はありますか? そこから何か学んだことはありましたか?

あります。本当に。

冥王星が1年半以上にわたって私のホロスコープとスクエアの位置にあって、人生をめちゃくちゃにしていきました。宇宙的にも、あんな経験をする必要があったとは思えません。

本当に過酷でした。深い鬱状態に陥り、お金にも苦しみ、宇宙の魔法のようなものとのつながりも完全に失っていました。まるで「死と再生」というお決まりのスピリチュアルな物語のために地獄へ引きずり込まれているような気分でした。

正直なところ、その結果学んだことが「もっとTikTokに投稿しろ」みたいなことだとしたら、あそこまで苦しむ必要はなかったと思っています。

ただ、その時期を経験したことで、後になってBo Burnhamのコメディスペシャル『INSIDE』を見返した時の感じ方は大きく変わりました。理由もなくどうしようもなく落ち込みながら、それでも創作し続けなければならない。その感覚が以前よりずっと深く理解できたんです。

そういう意味ではよかったかもしれません。同じ場所を通ってきたからこそ、以前より共感できるようになりました。

創作活動は、あなたの人生にどのような影響を与えていますか?

誰のためでもなく、自分自身のために創作すること。それは私をさらに深い場所へ連れていきました。もう後戻りできないくらいに。作れば作るほど、自分にはどんな可能性があるのかを感じられるようになります。そして、義務としてやることと、自分にエネルギーを与えてくれることとの違いも、ますますはっきり見えるようになりました。

頭の中にはいつも実現したいビジョンがあって、それが絶えず脈打つように私を興奮させています。だからこそ、他の生き方を想像することが日に日に難しくなっています。 「今あるもので、できることをやる」これは私がしぶしぶ受け入れている、少し残念な人生のモットーです。お金も、スペースも、資源も限られている。それでも創作を続けるための考え方です。だから最近は「私はキッチンで架空の腕時計広告を撮影できるんだから」と、自分にもう少し優しくなろうとしています。でも、もし十分な予算があったらどうなるだろう?とも思います。

焦りや苛立ちは今もあります。でも何かを作り続けることそのものが、結果への期待を少しずつ和らげてくれました。うまくいくかどうかではなく、とにかく作ること。動くこと。形にすること。最近は、その「試みること」自体に満足を感じられるようになっています。

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1999年に約束された未来

あなたにとって東京とは何ですか?

すべてです。ここに住み始めてもう10年以上になりますが、今でも毎日この街にいられることに感謝しています。

子どもの頃から、この場所から生まれるアートやカルチャーに大きな影響を受けてきました。特に好きなのは建築です。バブル時代の名残、極端なコントラスト、便利さ、そして夜でも安心して歩ける感覚。

東京は騒がしくて、静かで、そして魔法のような場所です。終わりのないニッチなサブカルチャー。そのさらに奥にあるサブカルチャー。まるで時間に取り残されたような喫茶店。神様にお祈りをして、お守りを集め、電車に飛び乗って渋谷へ向かう。アーティストやコメディアンの仲間たちと過ごし、90年代のアニメや昔のゲームで見ていたネオンの光を浴びる。ここでは過去も見えるし、未来も見える。

自分のやりたいことをやって、夜中の2時にサラダを買いに行く。だって、深夜0時を過ぎてから野菜が買える場所なんて、他にあります?

将来、なりたい自分像はありますか?

あります。もう少し有名で、もう少しお金がある自分です。

過去の自分や、これからこの道を歩み始める人にひとつ伝えるとしたら?

世間の言うことなんて、案外あてにならない。現実なんて本当は存在しないし、何事もそこまで重要じゃない。

もし本当にやりたいことをやらなかったら、死んで生まれ変わって、結局また同じことを繰り返すことになる。そしてまた、やりたかったことに向き合うまで、その人生を何度も繰り返すことになる。

だからお願いです。心の奥でずっと「やってほしい」と訴えかけているものがあるなら、それをやってください。

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