ロサンゼルス出身のタトゥーアーティスト、Dylan。音楽一家に生まれ、パンクやメタルバンドで活動していた彼は、ある出来事をきっかけにタトゥーの道へと進みます。 厳しい修行時代を経て、自分自身に彫った最初のタトゥー、そして、「痛みを通して美を見出す」という独自の哲学。現在はタイを拠点に活動しながら、職人としての伝統を大切に、進化を続けています。彼のタトゥーに込められた自由さ、誠実さ、そしてクリエイティブに生きる意味を語ります。
自己紹介
自己紹介をお願いします。
Dylanと言います。ロサンゼルス出身で34歳になります。タトゥー歴は約15年です。
タトゥーの道を歩み始めたきっかけを教えてください。
少し変わった経緯です。もともとは音楽に興味があったんです。音楽一家で育ち、若い頃はパンクやヘヴィメタルのバンドでギター、ドラム、ボーカルをやっていました。その傍ら、地元バンドのロゴやTシャツ、ライブのフライヤーも描いていました。ところがLAで仲間に巻き込まれて警察沙汰になり、重い罪に直面しました。 幸い裁判は何とか乗り切れましたが、そのとき父の親友であり、LAで30年以上のキャリアを持つ大物タトゥーアーティストのカーク・アリーがこう言ってくれたんです。「悪い仲間と縁を切るなら、見習いとして面倒を見てやる」。彼は僕の中に何か光るものを見つけてくれて、その言葉がきっかけで僕は悪い生活から抜け出し、今の自分をつくることができました。
すごいですね。その出会いがなかったら、今の自分はどうなっていたと思いますか?
今のように前に進む力や目標は持てなかったと思います。タトゥーを通じて本当に多様な人たちに出会い、旅もして、視野が広がりました。人として成熟できたとも感じます。タトゥーがなかったら、今よりずっと悪い状況にいたかもしれません。


きっかけ:師との出会いと、過去との決別
見習い時代について教えてください。最初に彫ったのはなんでしたか?
見習い時代の主な仕事は、掃除や設営、道具の滅菌(医療用のステンレス器具を再滅菌して再利用)などでした。 初めてタトゥーを彫ったのは、自分自身です。見習いを始めて1年以上経った頃、「彫ってみたいか?」と聞かれて「ぜひ」と答えたら、「じゃあ自分にだ」と返されたんです。 最初は王道の大きなバラを選びましたが、結果は大失敗。緊張で手が震えて、痛みに耐えながら4〜5時間もかかりました。しかも治りも最悪。でも、それでも消さずに残しています。原点を思い出させてくれる印だからです。自分に彫ることで、針の深さや圧の加減を身体で理解できるんです。 その後も5回ほど自分に彫り、やがて友人にもタトゥーを彫るようになりました。
今も自分自身にタトゥーを彫ることで技術を習得する人は多いのでしょうか?
今は少ないかもしれません。昔は誰でも数回はやっていました。失敗しても自分の責任で済むし、学びが大きいからです。
Dylanさんが施術を受ける側としての最初のタトゥーはいつですか?
17歳のとき、アパートの一室で、蓮のアウトラインを10ドルで肩に彫ってもらいました。クオリティは正直ひどかったですね。18歳のときにちゃんとしたスタジオへ行き、その上からカバーを入れました。ちょうど自分も見習いをしていた頃だったので、施術を受けながら観察したり質問したりして、そのアーティストとも親しくなり、いろいろ教えてもらいました。 最初のタトゥーは、ある程度の大きさがあった方がいいと思います。小さすぎると「タトゥーって痛くない」と誤解されがちなんです。大きな作品は痛みを伴いますが、その分だけ美しさを手に入れられる。痛みを超えて得るものには価値があるし、それは意志の強さを試すような、どこか神聖な行為でもあると思います。
当時17歳で初めてタトゥーを入れた時、すでに見習いは始めていたんですか?
見習いに入る直前だったので、何が良いタトゥーか分かっていなかったんです。師匠の下で学び始めてから、基準が分かっていきました。
師匠からの「最後の警告」が、Dylanさんの生き方を切り替えるきっかけになったのですね。
その通りです。「彼らから離れるなら助ける」と言われて、現実を突きつけられました。仲間の行動が招いたあの逮捕が、自分の生き方を見直す転機になりました。自分も変わらないといけない。そこで、集中する対象がタトゥーになりました。
いつ頃から本格的にタトゥーにのめり込んだのですか?
見習いを始めて3年ほど経った頃、最初の師匠とは別の道を歩むことになり、別のアーティストのもとで修行を続けました。施術してもらった多くの友人のタトゥーアーティストたちからも学びました。 タトゥーの歴史や職人技を知れば知るほど、「これが自分の道だ」と確信するようになりました。昼はフルタイムで働き、夜は2〜3時までデザインを描いて練習し、数時間眠ってまた仕事へ行く。そんな日々を送っていました。 当時は今のようにスタジオも多くなく、タトゥーに対するタブー視も強かったので、自宅で友人に彫ることもありました。新人を雇ってくれるスタジオもほとんどなかったんです。


つくる楽しさと難しさ:その人の瞬間と生涯に寄り添うこと
制作過程で一番うれしい瞬間はなんですか?
最初の打ち合わせで方向性が決まる瞬間や、施術中に交わす会話、仕上がって鏡を見たときの表情。そのどれもが、自分にとっていちばんうれしい時間です。先日バンコクで、数年前のクライアントに偶然再会して、うれしそうにタトゥーを見せてくれました。あの瞬間も忘れられません。
個人的な質問なんですが、もし私が「今の自分を覚えておきたい」と思って、小さな記念のタトゥーを入れたいとしたら、Dylanさんならどう進めますか?
まず一生身につけたいイメージの方向性を話し合います。サイズを決めると入れられるディテールの量も決まるので、その範囲で実現可能な形に落とし込みます。 僕は「Less is more(引き算こそ強さ)」を大切にしています。15年近く彫ってきて、時間が経つほど“開放感”のあるデザインの方が美しく年を重ねると実感しています。クライアントの希望と現実的なデザインの中間点を一緒に見つけるイメージです。
これまで彫った中で、「一番シンプルだったタトゥー」と「一番ヤバかったタトゥー」を教えてください。
一番シンプルだったのは、若い子の腕に入れたひとつの点だけのタトゥーです。『フレンズ』のエピソードを見て思いついたらしくて、登場人物がタトゥーを入れようとしたけど怖くなって結局、点だけ入れるって話なんですよね。最低料金は80ドルくらいだと伝えたんですけど、本人も両親も納得していたのでそのまま彫りました。 一番ヤバかったのは、LAのミッドタウン・タトゥーでのメモリアルデーのことです。グループで来たお客さんのひとりが、賭けに負けて「レイバンのサングラスをかけた歯が巨大な歯ブラシで自分を磨いている」という謎のデザインをお尻に入れてほしいと言ってきたんです。あれは本当におかしくて、写真を撮らなかったのを今でもちょっと後悔してます。
仕事で一番大変だと感じるのはどんな時ですか?
彫り師は肉体的にも精神的にも大きな負荷のかかる仕事です。長時間集中し、クライアントの痛みに寄り添い、安心してもらえるよう努めます。追悼のタトゥーでは、涙に立ち会うこともあり、感受性の強い自分にはとても心に残る瞬間です。 まれに、どんなに全力を尽くしても満足してもらえないことがあります。全員を満足させることはできません。それを受け入れるのは簡単ではありませんが、次に生かすための学びだと考えています。


価値観の定義:生き方の選択としてタトゥーを選ぶこと
タトゥーの魅力は何ですか?
自己表現であり、自由でもあるところです。部族文様や日本の入れ墨、アメリカントラディショナル、幾何学など、自分の好きなものを身体に刻む。それが生き方でもあります。僕はアメリカントラディショナルの流れを受け継ぎ、図像の由来やマシンの仕組み、職人的な技に惹かれてきました。今もその核となる価値観を守りながら、現代的な表現へと発展させています。
自分の身体に入れる図柄はどうやって選ぶんですか?
昔は、タトゥーのコンセプトを計画的に立てていました。今は、尊敬する仲間から作品集めをする感覚でタトゥーを入れています。誰に彫ってもらったか、その日の出来事まで思い出せます。 最近のトレンドとして、タトゥーに意味を持たせることを重視する人も多いです。でも僕は「誰に彫ってもらうか」が意味を生むと思っています。体験こそが価値だと考えているんです。
なぜ今の世代はより「コンセプト重視」になっているのでしょうか。
目的を求めすぎて、考え込みすぎるからだと思います。デザインで迷うなら、まずはアーティストのリサーチに力を注いでほしいですね。自分の望むスタイルとクオリティに合う人を見つけて、あとは表現の自由を委ねる。それがベストな結果につながります。縛りすぎると、その人の本領が出にくいんです。


日本や東京への想い:情熱への奉仕者たち
Dylanさんにとって、東京はどんな場所ですか。
僕にとって、この街は魔法のような場所ですね。歴史や文化、人々、そして日常生活の美しいシンプルさに心を動かされます。秩序と敬意が保たれていることも、とても印象的です。 本当に好きなものに100%を捧げる人が多いのも刺激的です。たとえば、マンガやカントリーミュージックが大好きで、20年以上かけてバーを作り上げてしまう人たち。あの献身は、僕のタトゥー観とも重なります。日本ではタトゥーに否定的な見方(ヤクザのイメージなど)もありますが、対話を通して別の視点を共有できるのがうれしいですね。


これからの道のり:自分の流儀を抱えて世界を旅し、つくり続けて生きる
これからの目標を教えてください。
自分の流儀や思想を大切にしながら、世界各地を旅し、同じ志を持つ人たちと出会い、瞬間を分かち合いたいと思っています。拠点はタイに据えるつもりで、5年ビザも取得しました。僕の存在意義はシンプルです。作り続けること、そして大切な人との関係を良好に保つことです。
これからの未来に向けて、技術や表現をどうアップデートしていますか?
毎年、自分の作品を振り返り、効率と表現の両面で見直しを行っています。最近は思い切って「引き算」を強めました。数十年先まで見据えて、少ない要素で力強さと長期的な美しさを両立させる。構図は簡潔に、テーマは明確にしています。今年は絵にも力を入れていて、年末までに30点を目標にしています。すでに15点と大作2点が完成しました。
Dylanさんの後ろに見える青い作品は何ですか?ポスターみたいですね。
背中一面のデザイン案です。プリントを作って販売する予定で、日本にも発送できます。年末にチェンマイで展示を計画しているので、タイミングが合えば東京にも持っていきたいです。


届けたいメッセージ:先人が拓いた道に近道はない
若い頃の自分や、これからこの道を始める人に伝えたいことはありますか?
先人の助言に耳を傾け、近道をしないことです。最近は見習いを避けたり、6か月で学べると謳うタトゥースクールに行く人もいますが、正しい基礎や感謝の心は身につきません。師のもとで時間をかけて学び、すべてを自分の力で勝ち取るべきです。やるなら正しいやり方で、全力で取り組む。それができないなら手を出さない方がいいでしょう。 厳しい言い方に聞こえるかもしれませんが、この仕事は軽く扱ってはいけません。情熱を持つ人のもとで学べば、より深い理解と敬意が育まれます。
今の若い世代は、そのプロセスを避けがちだと感じますか?
そうですね。この頃は批評を受けるのが苦手だったり、すぐに成果を求めたりする風潮がありますが、基礎や敬意を欠いたまま業界に入ると、道を切り拓いてくれた先人たちへの尊重が薄れてしまいます。
なるほど、よくわかります。では最後に、世界へ伝えたいメッセージをお願いします。
人を尊重し、愛を示し、日々の小さなことに感謝しましょう。当たり前と思わず、大切にすれば、きっと幸せになれます。
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