フィルムカメラとチェキを手に、東京の街を歩きながら瞬間と人を写し続ける 福川 孝。 作品として撮るパノラマ写真は、街の景色を三分割して切り取り、ひとつの物語として再構築するユニークなスタイル。一方で、チェキは出会った人とコミュニケーションを生み出すためのツールとして楽しんでいます。 「写真とは、人とのつながりを生み出してくれるもの。」そう語る彼が見ている街の表情、そして偶然の出会いが紡ぐ創作のプロセスを追いました。
自己紹介
まず、自己紹介をお願いしてもよろしいでしょうか?
福川 孝と申します。写真は趣味として続けていますが、作品として意識するようになったのは六、七年前くらいからです。普段は写真とは関係のないIT系の仕事をしていて、写真は趣味の一つとして続けています。
きっかけ:「なんとなく」から始まった、三分割の世界
写真を本格的に始められたきっかけは、何があったのでしょうか?
カメラをよく使うようになったのは、子どもが生まれたことがきっかけです。娘が産まれた頃、せっかくなら良いカメラで記録したいと思い、ちょっといい一眼レフを買って撮り始めました。十数年前だったので、既にデジタルカメラが一般的な時代でした。 撮影するうちに、フィルムカメラにも興味が出てきたんです。昔はこういうものだったなと触っているうちに、デジタルより面白そうだと感じて、それからフィルムで撮るようになってさらに撮影頻度が増えました。
現在のような作品作りを意識されるようになったのは、どんなきっかけがあったのですか?
僕がいま一番使っているのはハッセルブラッドというブランドのXpanというフィルムカメラです。普通の35ミリフィルムですが、横長のパノラマ写真が撮れます。最初はパノラマで景色を撮って「こんな写真が撮れるんだ」と楽しんでいるだけで、作品作りという意識はありませんでした。 ただ、パノラマで撮っていると細長い構図ばかりになってしまって、もっと広い景色を撮りたいと思うようになっていきました。そこで、ひとつの景色を三つや四つのコマに分けて撮り、フィルムのネガを並べて元の景色を作る、という方法を思いついたんです。景色が好きで、このカメラで撮ってみたいのに、私の持っているレンズでは収まりきらない。それで三分割して撮り始めたのがこのスタイルです。なんとなく始めた遊びが、今の作風につながっています。
その方法が孝さんのスタイルとして確立されているんですね。
そうですね。SNSに載せるようになって、同じことをしている人があまりいないので、ユニークだと見てもらえることが増えました。見てくれる人がいたり、この作風を認知してもらえるとモチベーションが上がり、このスタイルで撮り続けようと思うようになりました。
孝さんのInstagramを拝見していると、人の写真も多い印象があります。
フィルムで撮って上げている作品とは別に、富士フィルムのinstax(チェキ)もよく使っています。撮影頻度でいうと、むしろそちらのほうが高いくらいです。パノラマのカメラでは東京のストリートを三分割して撮っていますが、チェキは四角いフォーマットで、友人を撮ったりしています。昔のInstagramが四角い写真だったのに近い感覚で画づくりをしています。 インスタントカメラは、コミュニケーションツールとしてとても良いと思っています。お酒を飲むのが好きでよく飲みに行くのですが、バーなどで初めて会う人に写真を撮らせてもらって、その写真をそのまま渡すことができる。それを喜んでもらえるのが嬉しいんです。飲み屋で撮って、そのチェキをスマホで撮り、SNSに日記のように載せています。 チェキは人とつながるためのもの。パノラマのカメラは作品として楽しんでいます。
三分割で景色を撮ったスタイルの一番最初の作品、覚えていますか?
最初は東京駅です。昔、中央郵便局があった場所が「KITTE」という施設になっているのですが、その屋上から東京駅のレンガ造りの建物を撮りました。

つくる楽しさと難しさ:楽しむままに撮り、それが魅力になる
創作活動をしていて「幸せだな」と思う瞬間はいつですか?
フィルムカメラには様々な工程がありますが、一番楽しいのは、暗室でプリントしているときです。撮影したフィルムを自宅で現像してネガを作り、そのネガをレンタル暗室に持って行って印画紙にプリントします。そこで完成形に仕上げる瞬間がとても好きです。
暗室はどんなことをする場所なんですか?
暗室は、撮影済みフィルムの現像や、現像したフィルムの画像を印画紙に焼き付ける作業を行うための場所です。現像前のフィルムや印画紙は光のない場所で扱う必要があるので、文字通り暗い部屋です。 暗室では、まず現像済みフィルムを引き伸ばし機という機器にセットし、印画紙にネガ像の光を投影します。その印画紙を現像液という薬品に浸けると、光の当たった部分が黒くなり、当たっていない部分は白いまま残ります。こうして写真の像が印画紙に浮かび上がります。あとは印画紙を停止液と定着液という薬品に浸して画像を定着させ、水で洗います。
科学実験のようですね。
そうですね。難しく聞こえますが、慣れれば淡々とできる作業です。作品について色々こうすればよかったとか考える時もありますが、ある程度の段階になると、無心になれる時間です。
創作を行う中で、つらかった経験はありますか?
あまりつらいと感じたことはないです。気に入った写真が撮れないことが続く時くらいですね。フィルムも現像も高くなっていますし、撮っても思うようにいかないことがあります。僕の場合は一枚で完成ではなく、2〜3コマを組み合わせるので、きれいに並んでいなかったり、意図しないものが写ってしまったりすることもあります。 街の景色を撮るときは必ず人を入れるようにしていますが、人の姿が不自然だったり、後ろ姿だけで顔が映っていないとしっくりこないと思うこともあります。 とはいえ、僕は周りの写真仲間に比べると、マイペースに活動しているほうだと思います。コンテストに出したり、すごくいい写真を撮るんだという目的ではなくて、楽しむために撮っています。だから失敗しても「まあいっか」と思うんです。
肩の力を抜いているんですね。
もっと熱量を持てば、もっと良いものが撮れるのかもしれませんが、自分にとっては楽しさが一番だと思っています。
上手くなりたいと思ったとき、どんな風に学ぶのですか?
とにかくたくさん撮る、というのがセオリーだと思っています。このスタイルに飽きるまで撮り続けると思います。上手くなるためというより、撮っていて楽しいから続けていて、その中で良いものがあればいい、くらいの気持ちです。 撮らなきゃいけないから撮る、ということはほとんどなく、気が向いたときに撮っています。「浅いのかな」と自分に思うこともあるのですが、そうやって自然体でいることが、結果として人を引きつけてくれているのかもしれません。
先ほどの話で「街の景色を撮るときは人を入れる」とおっしゃいましたが、どういう感覚なんでしょうか?
僕は都内に住んでいて、典型的な出不精なんです。遠くへ出かけたいという欲求があまりありません。撮るのは渋谷や新宿など、用事があって出かけた場所で「この景色いいな」と思ったら撮る、というスタンスです。 街には必ず人がいます。いろんな人がいて、賑やかだったり、逆に一人だったり、それが景色になる。建物だけに興味があるわけではないので、街には人がいないと絵的に物足りない。そう思って撮っています。
価値観の定義:繋がりを生む写真
Takashiさんにとって写真とは?写真が人生にどんな影響を与えたのでしょうか。
やっぱり写真をやるようになって変わったのは、一番は人との繋がりが増えたことだと思います。作品として撮っているフィルム写真を通じて人と知り合うことも増えましたし、チェキで人を撮るようになって、飲み屋で酔っ払いを撮って仲良くなる機会が増えました。 写真とは、自分にとっては人との繋がりを生み出してくれるものだと思っています。
ご自身のお気に入りの作品はどれですか?
新宿の西口の景色です。今はもう建て替え中ですが、小田急百貨店を上から見下ろした写真があります。大きくプリントして壁に飾っています。三年ほど前に撮ったもので、今のところ一番気に入っている作品です。

日本や東京への想い :撮るほどに飽きない街、東京
東京は孝さんにとってどんな場所ですか?
出身地ではありませんが、生活している場所であり、写真を撮るフィールドです。東京はとても広く、いろんなエリアがあって面白いです。外国人の写真家の友人たちからも、東京は撮影していて飽きない、いろんな切り取り方ができる、とよく言われます。自分で撮っていても、本当に飽きない街だと思います。
都会か田舎かという違いは、孝さんにとって重要ですか?
重要ですね。いわゆる自然の景色を撮りたいとはあまり思わないんです。東京には高層ビルや特徴的な建物がたくさんあり、大きな面白い形の箱が並んでいるように見える。街のランドマークであり、その下を人が行き交う。僕が撮りたいのはそういう景色です。大きなおもちゃ箱の中にいるような感覚です。
これからの道のり
素敵な視点ですね。その感覚で過ごすと、肩の力が抜けて毎日が少し楽しくなりそうです。では、未来について伺わせてください。孝さんが思い描く、一番遠い未来の姿はどんなものですか?
写真を生業にしているわけではないので、「こうなりたい」という明確なビジョンはないんです。ただ、自分の写真集やZineのようなものをまだ作ったことがなく、それを作って誰かに手に取ってもらえたら嬉しいです。今のスタイルに飽きても、また「これは福川の写真だな」と認知してもらえるようなスタイルをいつも持ちながら、写真を撮り続けていけたらいいですね。
ご自身の写真集を作るとしたら、どんなテーマにすると思いますか?
テーマというより、これまで撮ってきたものをまとめる形になると思います。僕の写真は三つのコマで構成されるものが多く、絵画でいうTriptychというスタイルです。撮っているのは東京の写真なので、展示するときのタイトルはいつも「Triptych Tokyo」としています。
Triptych、初めて聞きました。調べてみたら「三連祭壇画」というんですね。
そうです。宗教画などで多く見られる、三つでひとつの作品になる形式です。そんなにひねっているわけではなくて、三枚のコマで一つの景色を表現しています。

届けたいメッセージ
では最後の質問です。これからフィルムカメラを始めようとしている人や、写真を本格的に始める前の自分に向けて、伝えたいことはありますか?
「写真、楽しいよ。やってみて」それに尽きますね。
シンプルで素敵ですね。最後に、お知らせしたいことなどがあればお願いします。
少し前に新宿三丁目のバーで写真展示をしました。また、Tokyo Streetsという展示にも声をかけてもらっていて、東京のストリートフォトグラファーが集まって作品を展示する企画です。不定期ですが参加しています。展示をする際はSNSで告知していますので、ぜひ来ていただけたら嬉しいです。 実は最近は酔っ払いを撮るほうが楽しくて、あまり街に撮りには出かけていないんです。ストリートフォトは新宿や渋谷が多いですが、チェキを持って飲み歩くのは代々木近辺が多いです。僕の写真を常に置いてくれているお店もいくつかあります。 チェキで撮るのがとても楽しいので、同じ趣味の方がいたらぜひ撮り合いましょう。できればお酒を飲みながら。
Follow and connect with Takashi Fukukawa below...
