
建築を身につけ、飾る。建築家が人生を懸けたジュエリーブランド
with Carpediem Sculpture

2026年4月18日
BtoBならではの難しさに向き合い、寄り添う。 Wonderful Worldは、企業向けのコミュニケーションデザインを手がける東京・神田の制作会社です。 BtoB領域を中心に、業界や商材を限定せず、その時代や企業の背景に合わせた表現を支えてきました。 営業という入り口から、30年以上にわたってクリエイティブ業界で会社経営を続けてきた代表の菅原國晃氏。 専門性の高い内容の依頼にも、一つずつ紐解き向き合い続けることで、信頼を築いてきました。 変わり続ける技術や時代の中でも、自分たちの立ち位置を見失わずに、柔軟に形を変えてきたWonderful Worldの視点を語ります。
自己紹介をお願いします。
株式会社Wonderful World 代表取締役の、菅原國晃です。
学生時代からバンドをやっていたこともあり、音楽が好きです。今もDJ活動をしていますし、最近はAIを使った音楽制作にも取り組んでいます。
ご自身の事業について教えていただけますか?
主に企業向けのプロモーションのお手伝いをしています。 具体的には、会社案内や商品のパンフレット、Webサイトの制作です。それから、展示会のブースデザインや設営、イベントの運営なども行っています。
また音楽が好きということもあって、ミュージシャンの方々のプロモーションをほぼサポートのような形でお手伝いもしています。
元々、電子機器メーカーの関連会社で、デザイン部門のような会社に就職したことが始まりです。そこに10年弱勤めた後、独立しました。 就職したのはバブル崩壊直後で、就職難の時代でした。就職活動もしていなくて、バイト先のガソリンスタンドに就職しようと思っていたんです。 その時たまたま兄がデザイン会社の社長と知り合いだと知って、無理やり入れてもらいました。
営業職として入社しましたが、不況で人が辞めていき、営業も、原稿も、ディレクションも、全部やるようになって、自然とスキルが身についていきました。 基本的に自分が営業をする立場ではありますが、いわゆる「営業らしい営業」はほとんどしていなくて、お客さんからの口コミで、別の子会社や別部門を紹介していただく、という形がずっと続いています。
なので、特定の業界が得意というわけではなく、いただくお仕事は基本的にすべてやらせていただいています。
口コミで広がっていく関係性というのは、業界が違っても、どこか共通点のある方々が集まっていくような印象がありますね。
業界は違っても、その時代のトレンドは共通している部分が多いと思っています。 扱っている商材が違っても、共通する考え方や課題はあって、以前の仕事で学んだことを次の仕事に活かせる場面が多いですね。
どんな業界の仕事でも、その時代の社会背景を含めたニーズに合っていない仕事は成立しないと考えています。 時代のニーズに合わせて、それぞれの会社が各々の得意な形で仕事を担っているというイメージです。
だから、業界が違うお客さんでもその裏に共通する考え方や課題があるんです。
なるほど。お仕事のなかで特にやりがいを感じる瞬間はなんですか?
僕自身はデザイナーではなく、営業出身なんです。 最初に営業の仕事をしていた頃は、BtoB特有の業界用語が多くて、何を言っているのか全然理解できませんでした。 デザイン会社さんも、意外と企業向けの仕事が苦手なところも多いんです。
でも、一つひとつ学んでいくうちに、業界が違っても共通する言語や考え方があることに気づきました。 そこからBtoBの仕事が得意になり、やりがいを感じるようになりました。
確かに。専門用語が多いと、仕事を受ける側も理解しきれない部分がありますよね。
そうですね。BtoCの場合は一般消費者にどう伝えるかを考えますが、BtoBの場合は導入する企業側に向けて、どういうメッセージなら伝わるかを考える必要があります。 その点は少し特殊ですが、自分では得意分野だと思っています。
さまざまな業界の方々とお仕事をされていると思いますが、1日のスケジュールはどのような感じですか?
若い頃は、朝10時から終電まで、夜12時近くまで働いていました。 今はだいたいお昼から夕方5時くらいまで、5時間前後です。 最近はAIやNottaのようなツールをフル活用しているので、かなり効率は上がりました。
働き方が進化しているんですね。
そうですね。会社の正社員は1人だけで、あとはフリーランスの方と一緒に仕事をしています。 そのフリーランスの方も、その営業の仕事をしていたときに一緒だった方で、もう30年近い付き合いになります。
環境はあまり変わっていないんです。お客さんも、仲間も、ずっと変わっていない。 営業時代から繋がりのあるお仕事も今でも多くやらせていただいています。 新卒で関わり始めてから、もう32年になりますね。
その方たちの部署は変わっても、今でもお仕事をさせていただいています。


独立されたきっかけについても伺っていいですか?
最初から自分の会社を立ち上げようと思っていたわけではないんです。 むしろ「このまま会社に勤めていれば、いずれ社長になるだろうな」とまで思っていました。
ただ、当時取引していた代理店で不祥事があって、社内が少し不安定になった時期がありました。 その頃は自分自身にも自信がついてきていて、1人でもやれるんじゃないかと思っていたし、現状の環境に居続けるのが嫌だったので、独立しました。
社内の状況もありつつ、ご自身のタイミングも重なったんですね。 実際に独立されて、いかがでしたか?
正直、自分が社長という感覚はあまりないです。 十数年くらい前までは、社員が5人ほどいて、私を含めて6人でやっていました。
ただ、取引先の会社が倒産してしまい、そのときに負債を抱えて。その後、デザイナーたちもそれぞれ別の会社へ移っていって、そこからは私ともう1人のデザイナーの2人で続けてきました。
そんな出来事があったんですね。 これまで会社をされてきた中で、特に印象に残っているプロジェクトはありますか?
家電ブランドの立ち上げを、最初から任せてもらったプロジェクトがありました。
当時は40歳前後で、自分の経験やスキルをすべて注ぎ込んだ、集大成のような仕事でした。商品の企画段階からデザインまで、一貫して任せていただいた分、責任も大きかったです。
お客さんに納得してもらえるよう、必死に考えて進めました。 このプロジェクトをきっかけにして、次のステップへ進むことができたと思っています。
以前の営業職時代と独立された現在では、働き方にはどのような変化がありましたか?
あまり大きくは変わらないかもしれませんが、今は少人数の方が自由度は高いですね。 チームとしては動いていますが、それぞれが自由に動けるので、小規模な方がやりやすさはあります。
人それぞれ得意・不得意がありますし、スピードも違います。得意なことは早いし、そうでないものは時間がかかる。 その辺を自分でコントロールしながら進められる自由さは、小規模のチームならではだと思います。
ここまでのお話で、菅原さんご自身は「社長」という感覚はあまりないとおっしゃっていましたが、会社をここまで続けてこられた理由は何だと思いますか?
少し前に、お客さんから「菅原さんは寄り添ってくれるからいいんだよね」と言ってもらったことがあって。
会社経営を続けられてきたというよりも、関係性を保ち続けられている理由は、そこにあるんじゃないかなと。 これは意識している事というよりも、元からの性格なんだと思います。
素敵ですね。 BtoBマーケティングという点が、御社の大きな特徴だと思うのですが、BtoBだからこそのやりがいはありますか?
ニッチなものほど燃えますね。「これ、自分にしかできないだろう」と思えるんです。
発注する側は専門家なので、受注側にどこまで説明すればいいか分からないことも多いんですが、その説明だけで自分は理解できる、という自信があります。 業界は違っても、トレンドや根本的な考え方は共通しているからです。
業界特有の専門的なことは、その都度インターネットなどで調べて学びながら理解しています。


今後、この業界に対して期待していることはありますか?
AIや生成AIが出てきて、仕事が奪われるんじゃないかと言われることもありますが、コミュニケーションデザインの部分は、まだ人じゃないと難しいと思っています。 お客さんに寄り添ってやっていく限り、それは大きく変わることはないんじゃないかなと。
AIはマネージャーやアドバイザー、秘書のような役割ですね。 文字起こしのように、これまで自分がやっていた作業をサポートしてくれる存在として使っていきたいです。
会社として、また菅原さんご自身として、これから挑戦していきたいことはありますか?
表向きには、あと3年で引退すると言っているんですが、それはあくまで表向きで。
その後は、最初に趣味としてお話しした音楽制作や、Web3ですね。これから本格化していくと思うので、そこで何か新しいことをやってみたいと思っています。
ブロックチェーン技術で、もっと面白くなっていくと思うので、そのあたりで関われたらいいなと思っています。
“引退”後も、やはりクリエイティブなことには携わっていくイメージなんですね。
20代でこの業界に入ったとき、30代、40代、50代の先輩たちのことはあまり信じられませんでした。今でもその感覚は変わっていなくて。
例えば、20代のクライアントが、自分の親世代に近い年齢の人に仕事を頼むのは、やっぱり気を使いますよね。 だから、表に出る役割は若い人に引き継いで、自分は裏方で関わる方がいいと思っています。
会社というフィールドとは別の場所でも、ものづくりは続けていかれるんですね。
もう始めています。AIで音楽を作って、配信もしています。
実は20歳のときに、「学校を卒業するまでにオリジナル曲を10曲作る」という目標を立てたことがあったんです。 でも当時は音楽理論も分からないし、音符も読めない。テクノロジーも今ほど発達していなかったので、結局1曲しか作れませんでした。 それがずっと自分の中でトラウマになっていて、「どうせできない」という気持ちがありました。
でも、去年くらいから音楽の生成アプリが出てきて、試してみたら意外とできたんです。 そこからハマって、1ヶ月で2枚、半年で6枚目のアルバムをリリースしました。配信も続けています。 実は、何も告知していないのに、意外と収益にもなっているんです。
20歳のときに思い描いていたことが、テクノロジーの進化で、こんなスピードで実現するんですね。
本当にそうですね。ずっと音楽にアンテナを張っていたからこそ、今につながっていると思います。
高校3年生の夏、父に進路を聞かれて「ベーシストの後藤次利さんの弟子になる」と言ったことがあります。それは現実的ではなかったけれど、その頃から音楽のある方向を見続けていたんですね。
明確な計画を立てなくても、アンテナを張り続けていると、人は自然とそちらの方向に寄っていくな、と。 仕事や生き方も、きっと同じなんだと今になって思います。
ここまでお話を聞いていて、人とのつながりがとても大きなテーマだと感じました。 菅原さんにとって、会社のメンバーや仲間はどんな存在ですか?
仕事に限らず、人生のパートナーです。 その人たちがいなければ、今の自分は成り立っていなかったと思います。
ありがとうございます。 最後の質問です。菅原さんにとって、仕事とはどんな存在ですか?
暇つぶしです。夢中になれる暇つぶし。
「夢中になれる」というのがポイントです。 僕はこの業界に入りたくて入ったわけでも、アートが特別好きだったわけでもないですが、きっとこの仕事が好きなんでしょうね。
結果的には天職だったのかもしれません、これだけ続けられているので。
ありがとうございました。 最後に、これから仕事や趣味としてクリエイティブに関わっていく人たちへ、一言メッセージをお願いします。
お金を稼ぐことよりも、自分の好きなこと、やりたいことに集中した方がいいと思います。
これからは、万能であることよりも、何か一つ尖っている方がいい時代。やりたいことや得意なことに、思い切り集中してほしいです。