
AI時代だからこそ、人が考える価値を。映像に込めるのは「生のままの感覚」
with Rawfeel

2026年7月14日
建築は身につけられるのか?そんな発想から生まれたのが、「身につける建築」をコンセプトにしたジュエリー「Carpediem Sculpture」だ。 隈研吾建築都市設計事務所で経験を積んだ、インドネシア出身・東京在住の建築家 Aldi Ibrahim。建築を建物から解放し、リングや時計、オブジェへとスケールを変えていく。 その発想はどこから生まれたのか。建築家としての経験から、建築業界の働き方への疑問、そして自分自身をブランドにしていく思考について話を伺った。
自己紹介をお願いします。
インドネシア出身のAldiです。東京に来て、もう10年以上になります。
家族にデザイン関係の仕事をしている人はいませんでした。建築を選んだのも、「これが絶対にやりたい」というより、高校時代に自分が好きではないものを一つずつ外していった結果、たどり着いた感じです。日本で建築を学ぶには日本語が必要だったので、まずは日本語学校に通い、その後、6年かけて建築を学びました。
今振り返ると、あの自由な時間の多かった時期が、今の自分の土台になっています。建築をデザインの面からだけでなく、ビジネスの視点からも考えることができた。その経験が、今の自分を支える幅広いスキルにつながっていると思います。
次のキャリアでは、隈研吾建築都市設計事務所で働くことになりました。才能ある建築家たちに囲まれながら、建築により深く向き合う日々でした。そこは私にとって初めての建築事務所で、自分のデザインに対する感覚や、仕事への向き合い方を大きく形づくってくれた場所です。
隈事務所では、建築に限らず、さまざまな領域を横断するプロジェクトに携わることができました。特に印象に残っているのが、模型制作チームとの時間です。非常に高い技術を持つチームで、彼らのものづくりの姿勢や精度から多くを学びました。
そして2024年、物理模型を3Dプリントするという、何気ない小さなタスクを任されたことがありました。そのとき初めて、3Dプリントという技術の可能性が自分の中でつながり始めたんです。そこから、まだ形にはなっていない抽象的なアイデアが少しずつ浮かび上がってきました。
そのとき思い出したのが、シャープなエッジのレジンダイスで知られるKickstarter発のプロジェクト「Dispel Dice(透明なレジンの中に装飾を閉じ込めた、シャープなエッジの手作りRPG用ダイスブランド)」でした。そこから、3Dプリントの技術とアートの世界が、自分の中で少しずつつながり始めました。
実はその数か月前、トバ湖を旅行していたときに、引退したアーティストと偶然出会ったんです。その人との会話を通して、アート業界がどのように動いているのかを知る機会がありました。 同じ頃、当時の恋人が素晴らしいシルバーリングのコレクションを見せてくれました。それぞれの出来事は、一つひとつ見ると関係のないものに思えます。でも重なったときに、ひとつの大きなアイデアへとつながっていきました。
振り返ると、まるでパズルのピースが少しずつはまっていくような感覚でした。ADHD的な自分の頭の中で、それらが混ざり合い、ひとつのハイブリッドなアイデアになっていったんです。ただ、その瞬間に「これだ」と完全に確信していたわけではありません。私はよく、浮かんだアイデアをすぐには形にせず、数週間ほど頭の中に置いておきます。磨いたり、違う角度から眺めたりしながら、少しずつ確かめていくんです。
会社について教えてください。また、他にはない特徴は何ですか?
Carpediem Sculptureは、ある意味で、自分自身を形にしたブランドです。これまで学んできたことや、自分のクリエイティブなアイデンティティがすべて詰まっています。
Rick Rubinが言った、「商業的な評価とは関係なく、芸術的価値は変わらない」という言葉に私は強く共感しています。作品にとって大切なのは、完璧であることではありません。その時の自分が何を愛し、何を信じていたのかを、正直に映し出していること。そこに価値があると思っています。
建築家として、私は一つひとつの作品を「身につける彫刻」として捉えています。木の年輪が成長の時間を記録しているように、それぞれの作品も、自分の人生の一章を刻んでいる。そういう意味で、Carpediem Sculptureは私自身のミュージアムのような存在です。


会社が生まれた経緯を教えてください。
私の考え方やものづくりの姿勢を形づくってくれた人物が3人います。
最初の一人は、Netflixシリーズ『Abstract』を通して知ったBjarke Ingelsです。彼の43分のエピソードは、たぶん7回くらい観ました。従来のキャリアの道筋に閉じ込められているように感じるたびに、もう一度観るんです。そのたびに、建築におけるビジネスの視点の大切さや、自分たちが想像している以上に多くの可能性があることを思い出させてくれました。
数年後、『Abstract』のシーズン2でVirgil Ablohを知りました。特に印象的だったのは、彼の型にはまらない働き方です。彼にはいわゆるオフィスデスクすらなく、iPhoneと有線イヤホンだけで仕事をしていた。それがものすごくかっこいいと思いました。
Bjarke Ingelsのエピソードの中で、特に印象に残っていることを教えてください。
彼は、まるで漫画のようにワクワクするアイデアを次々と生み出し、それを多くの人に届く形で発信してきた人です。
もちろん、彼がすべてをゼロから生み出しているという意味ではありません。多くの優れたアーティストがそうであるように、既存のアイデアを引用したり、混ぜ合わせたりしながら新しいものをつくっている。ただ、彼はそれを人々に伝える力がとても優れているんです。建築家でありながら、ビジネス感覚にも長けている人だと思います。
Bjarke Ingelsの考え方の中で、ずっと心に残っているものに「Utopian Pragmatism」があります。日本語にすると、「ユートピア的実用主義」のような意味です。これは、一見すると矛盾しているようなものを結びつける考え方です。異なるキャリアの道筋、異なる建築の形式、異なる機能。その重なり合う場所に価値を見出す。その考え方に、私はずっと惹かれてきました。なぜなら、そこから一番面白いプロジェクトが生まれると思うからです。特にアートは、その意味でとても面白い領域です。主観的なものだからこそ、他の分野では壊せないルールを壊す自由があるんです。
数年後、Jorgeと私はリスボンでライドシェアに乗り、バス停へ向かっていました。その途中でドライバーと会話する流れになり、私は少し面倒くさい質問をしました。
「あの美しいアパートに住むには、家賃はいくらくらいかかるんですか?」
その時に聞いた答えが、頭から離れませんでした。なぜなら、今の仕事のままでは、リスボンで1か月ほど世界から離れて過ごすような生活はきっと手に入らないと思ったからです。そんなことを考えるのは、ばかげているのかもしれません。多くの人は「そういうものだから、受け入れるしかないよ」と肩を叩いて終わらせるような話かもしれない。
でも、リスボンからコインブラへ向かうバスの中で、私はその考え方を受け入れないことにしました。2時間のあいだ、ずっと考え込んでいました。それまで何年も集めてきたアイデアが、少しずつつながり始めました。たぶん50個くらいのくだらないアイデアの中から、2つだけが残った感覚です。そこに、自分の中にあったパズルのピースと、Naval Ravikantの思考モデルが重なりました。そして、ようやくひとつの形になったんです。
その2時間のバス移動が、Carpediem Sculptureの土台となるすべての要素が「これでいい」と感じられた瞬間でした。
Carpediem Sculptureの土台がバスの中で見えたとき、何を考えていたのでしょうか?
正直に言うと、日本で建築設計者として働く給与水準については、ずっと悩んできました。もちろん、それは建築に限らず多くの業界に言えることでもあります。
何年も、自分なりに別の方法を考え続けていました。一般的な建築の仕事では、かけた時間や労力に対して成果が比例して増えていく、いわば直線的な構造になりがちです。そして、収入の上限も比較的低い。
スケールさせる方法としては、自分の仕事をプロダクト化することもできます。でもそれは、本当に良い建築をつくることから離れてしまう場合がある。あるいは、大きな設計事務所をつくり、多くの人の労働力を活用する方法もあります。ただ、それは自分が入りたくないと思っていた、強いヒエラルキーのある構造を生んでしまう。
別の見方をすれば、建築はそもそも富を築くための道ではないのだと思います。建築は、芸術とエンジニアリングが重なった営みであり、本来はじっくり味わうべきものです。いつかまた、そこに戻りたい気持ちはあります。
でも今は、自分なりの「建築」のルールを書き換え、別の乗り物に乗り換えることにしました。私はもともと、頭の中でアイデアや数字を考えるのが好きです。だから、何がうまくいきそうで、何が難しそうなのかを考える感覚は自然とありました。やり方はそこまで複雑ではありません。自分が進もうとしている道をすでに歩いた人たちを観察し、その人たちがどんな人生を築いたのかを見るんです。実際に人生をすべて投じなくても、その道の先に何があるのかは、ある程度見えてくることがあります。
そのバスの中で、数えきれないほどのアイデアを捨てたあと、Carpediemのアイデアだけが「これなら自分を懸けられる」と感じられました。自分が望むライフスタイルに合っていたこと。投資を一気にではなく、自分のペースで少しずつ積み上げられること。競争優位性が見えること。利益率が健全であること。初期投資を抑えられる小さなビジネスであること。そして、自分の生活と重ねながら続けられるブランドで、リスクも管理できる範囲にあること。すべてが、少しずつ噛み合い始めました。
Naval Ravikantの思考モデルから影響を受けたことはたくさんありますが、別の人の言葉で、それに近いものがあります。“Nunca ninguém ficou rico com salário.” 「給料だけで、大きな資産を築いた人はいない。」
ブランド名の由来を教えてください。
自分はかなり感傷的なタイプだと思います。昔から、自分にとって大切な瞬間を写真に残すのが好きでした。
ある曲を聴いた瞬間に、特定の記憶や時期が一気によみがえることってありますよね。私の音楽の好みは常に変わっていて、新しい音楽にもよく出会うので、その時期に聴いていた曲と、人生のある瞬間が結びついていることがよくあります。それもすべて、自分なりに「瞬間を残す」ための小さな方法なんです。
Carpediemは、ラテン語の「seize the day」、つまり「今この瞬間をつかむ」という意味から来ています。私にとっては、時間の中にある一瞬をとらえる、という意味もあります。それが、自分の作品を通してやろうとしていることです。写真で体験を保存するのではなく、ある空間や建築を体験したときの感覚を、「身につける彫刻」として残したいと思っています。
創業から現在までを振り返って、大きな転機は何でしたか?
要因はいくつもあります。もともと私は、ビジネスやレバレッジという考え方に強く惹かれてきました。Tim Ferrissが『The 4-Hour Workweek』で語っているような働き方や、Daniel Priestleyが広めた「ライフスタイルビジネス」のような考え方にも関心があります。
また、私は競争があまり好きではありません。競争はいつもゼロサムゲームのように感じるからです。「自分がこのプロジェクトを取るためには、友人がそれを失わなければならない」というような構造です。
だからこそ、誰かに勝つのではなく、自分らしさから価値を生み出したいと思いました。自分自身をブランドとして形にすることで、誰かを打ち負かさなくても価値をつくることができる。それが、みんなで勝つための方法だと思っています。
タイミングも合っていたと思います。Agentic AIの登場によって、何かを立ち上げるためのハードルは以前よりずっと低くなりました。同時に、人々の「注目」は、今もっとも価値のあるレバレッジの一つになっています。そうした要素がすべて重なり、今こそブランドをつくるべきタイミングだと感じました。
「注目が新しいレバレッジになっている」とは、どういう意味ですか?
Navalには、私が本当であってほしいと思っている考えがあります。それは「誰もが勝つことができる」という考え方です。特にAGIやヒューマノイドによって形づくられていく未来では、私たちがそのように仕組みをつくることさえできれば、もっと多くのことがプラスサムゲームになっていくと思っています。
そこで考えるのは、肉体労働であれ、知的労働であれ、多くの仕事が自動化されたとき、人はどんな仕事を選ぶようになるのか、ということです。少し理想主義的かもしれませんが、私は、より多くの人がRick Rubinのようなクリエイターになっていくのではないかと思っています。そういう世界では、人々が自分の作品に向けてくれる「注目」そのものが、大きなレバレッジの一つになります。
現代の富のつくり方について、私の考えに影響を与えているNavalのフレームワークがあります。それは、Accountability、つまり個人ブランドを築くこと。Leverage、つまりスケールできる仕組みをつくること。そしてSpecific Knowledge、自分にとって遊びのように感じられる専門性を持つこと。この3つを組み合わせるという考え方です。私は、その波がこれから来ると思っていますし、うまく乗れたらいいなと思っています。だからこそ、今が始めるタイミングだと感じました。
もちろん、これはあくまで私の見方です。間違っているかもしれないし、違う視点があればぜひ聞いてみたいです。


会社として、今後挑戦したいことはありますか?
今は、Carpediemの大型彫刻と時計づくりに特に力を入れています。現在制作しているのは、ステンレススチール製の大きなリング彫刻です。「身につける建築」という考え方を、インテリア空間や都市の風景へと広げていく試みです。
昨年5月には、中目黒のHven Galleryで約1か月間の展示を行いました。そこでは、1.2メートルの試作彫刻をギャラリーの中央に吊るして展示しました。
身につけるために小さく作られたものを、大型の彫刻として展開しようと思ったきっかけは何ですか?
それは、とても自然な流れで生まれました。RobinとHven Galleryでの展示について話していたとき、Gentle Monsterのようなブランドがつくる、没入型のインスタレーションの話になったんです。ジュエリーをただ身につけるものとして見るのではなく、人が実際に中を歩き、空間として体験できるようにする。その考え方が面白いと思いました。いつか、さらに大きなインフレータブルの作品も作ってみたいです。そうして、1.2メートルの彫刻が展示の中心作品になりました。
その後、マンハッタンの不動産や空間の文脈について知る機会がありました。そこにAndy Warholからの影響も少し重なり、新しいアイデアが生まれました。彫刻は、ジュエリーの延長でありながら、「身につける建築」をもう一度建築そのものへ、そして都市の風景へと戻していくものでもあるのではないか。そう考えるようになりました。いつか誰かのペントハウスや、プライベートクラブのロビー、あるいは5番街の公共広場に作品が置かれたら面白いですね。
もう一つ、今探求しているのが時計づくりです。現在は好奇心から、George Danielsの本を読んで学んでいます。自分にとってはまったく未知の領域なので、これからどう広がっていくのか見てみたいです。
時計の製作を始めたきっかけは何だったのでしょうか?
Ralph Laurenの言葉で好きなものがあります。彼は「自分自身が着たいと思う服、そして誰かが着ていて美しいと感じる服だけをデザインする」と語っていました。その考え方にとても共感しています。
次のプロジェクトである「Boa Nova Watch」も、同じ考え方から生まれています。インスピレーション源になっているのは、Álvaro Sizaが設計したポルトのBoa Nova Tea Houseです。岩の上に直接建つ、まるで日なたでくつろぐ猫のような、とても特別な建築です。
私にとってこの時計は、自分が日常的に身につけたいデザインオブジェクトのコレクションを完成させる存在です。時計は、ずっとコレクションに足りないピースのように感じていました。兄が時計の世界を教えてくれたことをきっかけに、Otsuka Lotecの独自の機械式ムーブメントや、Patcharavipaの現代的なデザインなど、魅力的な作品に出会いました。
これまで話してきたことと同じように、Carpediemは、私が本当に心を動かされたものたちのコラージュのようなものなんです。
最後の質問です。今後、クリエイティブ業界に期待していることはありますか?
ファッションやアートの分野で活動する人たちともっとつながり、コラボレーションの機会を見つけていきたいです。
umuや他のクリエイティブコミュニティを通して自分を外に出している理由の一つも、同じような感覚を持つ新しいアーティストたちと出会うためです。お互いに刺激を与え合いながら、もっと多くの人が何かをつくり始めるきっかけにもなれたら嬉しいです。

