実家から誰かを助けるZINE『超実家暮らし』

実家から誰かを助けるZINE『超実家暮らし』

ebina

2026年9月11日

文章、イラスト、短歌を制作する。早稲田大学政治経済学部政治学科卒業し、塾講師として小学2年生から高校3年生までを教える。双極性障害Ⅱ型の当事者として、自身の経験や家族との関係を綴ったZINE『超実家暮らし』を制作。現在も、毎日noteに文章を書き続けている。

プロローグ

躁鬱に倒れ、引きこもりをしていた27歳元エリート男性が文章やイラストなどの創作活動によって復活していく。
男ebinaはベッドに臥していた。なぜ自分が倒れているのか、なぜ自分がここにいるのかはわからなかった。身分を偽り、病を隠し、生きていたけれど限界が来たようだ。それだけはわかった。しかし、何をすればいいのか?

そんな折に父に言われた「お前は父さんと母さんが死んだら、うちの家賃収入で食っていけ。 」という言葉。少しずつ歯車は動き出す。じゃあやりたいことをやったらいいのではないか?

自宅の本棚の一角を空にして作ったスタンディングデスクで始めたのは、文章を書くことだった。誰のためでもない、でも誰かのための文章を1日2000字書き始める。
誰が読むのかわからない、でも誰かに読んでほしい。このままの人生はどうなるかわからない。でももうできることはこれくらいしかない。

そう思った男が作ったのが、一作目のZINE『超実家暮らし』。
実家でできることをする。家事もする。家族と話す。バイトもする。実家に軸足を置いて、できることをする。いつかのための壮大な目標と毎日の継続からなる創作活動は広がりを見せ、病状もよくなっていく。周りに協力者も現れ始める。全ての歯車は正しい方向に回っていく。

section image 1
section image 2

自己紹介をお願いいたします。

ebinaと言います。毎日文章を書いています。絵も毎日描いていて、短歌も作っています。塾講師として、小学2年生から高校3年生まで教えています。

早稲田大学政治経済学部政治学科卒業。

双極性障害Ⅱ型の当事者で、障害者手帳も取得しています。

文章を書き始めて半年で、『超実家暮らし』というZINEを作りました。毎日書いている中から、編集として手伝ってくれている方が実家で創作活動をすること、家族と向き合うことをテーマに文章を抜粋してくれた日記・エッセイ集です。

『超実家暮らし』はどのようなきっかけで始まりましたか?

大学在学中に双極性障害を発症し、なんとか大学は卒業できたのですが、病状に苦しんでいました。朝起きれないから八百屋で働き、真夏にウーバーイーツの配達員をやり、その評価も最低でした。

そして、自分にできることはもうないのだろうと引きこもっていた時(2025年11月)に「お前は父さんと母さんが死んだら、うちの家賃収入で食っていけ。 」と言われたことがきっかけです。
そんな風に思っていたのかと驚きました。なら好きなことをしようと思って始めたのが、文章を書くことでした。

もともと文章を書いたり、本を読んだりすることはお好きだったのでしょうか?

文章を書くきっかけは、中高時代のサッカーノートだと思います。サッカーノートとは、日々の練習や試合を振り返るものなのですが、それを欠かさず書いていました。

書いたからといってサッカーがすごく上手くなるわけでもなかったし、ただコーチに「自分はこれだけ考えてるんだ」ってアピールだったような気もしますが、毎日大学ノート1ページ手書きで書いていたのは明らかにきっかけになったと思います。今でも自分をメタで認知できるのは、その振り返りの習慣があるからだと思います。

uploaded image

「超実家暮らし」というタイトルがとても印象的でした。なぜこの名前に?

このタイトルは初めてのZINEを作ったときに、編集をしてくれている知人がこの「姿勢」に共感してくれたものです。

この言葉を思いついた理由は二つあります。
一つは虚勢です。僕は、双極性障害という病を患っていて、そのせいなのか(実際はそれだけじゃない気もしていますが)定職についていません。つけていないと書いてもよいかもしれません。そのことを明確にコンプレックスとして抱えていますし、実際鬱の時もそのことについて悩みます。

しかし普段の僕はどうかというと、とくに気分がいい時はそれこそが最高じゃないかと思っています。この予測不能な時代に就職で安定なんてクソみたいな考えは捨てて、それよりも都内駅近戸建てというどんな大企業よりも潰れない可能性すらある”太い”実家というものに頼ってみようじゃないかってことです。

そこに頼ってじゃあ僕はなにをしよう?
ここで文章を書くってことになるのですが、それは他者貢献をしたいという思いでもあります。なぜなら僕がこの太い実家に生まれたことは当たり前ではないからです。当然のように両親がいて、その二人が努力して、かつ祖父母や様々な人の力があり、今の自分の立場がある。
これに感謝せずにどうする?まず感謝しよう。でもいくら感謝を伝えても、そりゃ家庭の空気は良くなるかもしれないけど、やっぱり望まれることはそれを公共に利することだと思うんです。自分はたくさんの人のおかげで、存在している。そのことに気づいたことで、僕の創作活動は始まったんですね。

じゃあ次はなにをしよう?僕も助ける側に少しずつでも回りたい。どうしたら人を助けられるだろう?普段の塾講師という仕事もそうだけど、もっと助けたい。
そこで考えたのが文章なんです。そして、躁鬱の人に少しでも力を与えられるような本を作りたいと思っています。そんな思いを持って実家暮らししてる人いる?既存のイメージとはきっと全く違うと思う!だからきっとそれは、ただの実家暮らしではなく超実家暮らしだと今は思っています。

(超実家暮らしの由来についてのnote: https://note.com/evinindabuilding/n/nf82bebbc487f

uploaded image

制作や活動を進める中で印象に残っている出来事を教えてください。

文章を書きながら泣いたことです。泣いたんですよ。びっくりしました。部屋に誰もいないし、素直に書いていたら泣いていたんです。
「親は待ってくれた」というタイトルの記事があるんですけど、書いていたら泣いていました。そんなことあるんだなと、とても驚きました。

そのときどんなことを思い出していたのか、どんな感情があったのか、伺ってもいいですか?

親は待ってくれた」という文章は、自分が精神疾患に苦しんでいた中でもただ親は待ってくれたことの凄さを書いたものです。端的に泣いた理由としては、書いたことでこの「親が待ってくれていた」という事実を知ったからです。

自分は文章を書くときに事前に書く内容を決めず、頭に浮かんだことを浮かんだ順に書いているのですが、そこで、回復した理由は、親というある意味での他人が待ってくれたという要因があるのだということに気づいたんです。それで泣かずにはいられなくて。
親を筆頭にした主治医や友達などの身近な人は待ってくれるんだなと。

自分も仕事で塾講師をしているのですが、生徒がうまくいかないとき、成績が伸びないときに待てているかな?ってことや、人が回復したり、自立する過程で待つという行為の恐ろしい効果とそれを実行することの難しさを感じて泣いてしまいました。

ご自身の活動を通して、伝えたいメッセージを教えてください。

双極性障害に苦しむ人に向けて文章はずっと書いています。
自分が昼夜逆転して、鬱に苦しんでいた時に、自分の支えとなる本が少ないなとずっと思っていました。最寄駅の本屋のエッセイのコーナーで鬱に関して記述のありそうな本を手当たり次第探していましたが、あまり見つかりませんでした。
本当に何者でもない自分が鬱について話す。そのこと自体に価値があるのではないかと思っています。

伝えたいことは、なんですかね。嘘偽りない言葉を話す場所が一つくらいあった方がいいと思います。今、言葉を使う時は必ず他者の存在を前提とされます。僕も他人がいる時は、普通に思ってもない言葉を話しています。しかし、それってストレスだと思うんです。文章を書くときに、「なに話したい?」って聞いてあげたりすることが大事なんじゃないかなって思っています。
僕はあなたの、あなたにしか話せない言葉が聞きたいです。

uploaded image

今後のご活動の予定や展望について教えてください。

年内はZINEフェスや文学フリマなどの直売会に出ます。目の前で本を買ってくる人と話すのはなによりも楽しいです。

展望としては、双極性障害の人の支えとなれるような本を書きたいと思っています。

自分の未来に希望が持てず、絶望している人が夜更けに読んで、少しでも朝起きてみようと思えるような本を書きたいと思っています。

そのためには毎日書くことだと思っています。そして、自分が真っすぐ生きること。欲に溺れず、自分が正しいと思うことをする。関わってくれる人に真摯に向き合う。そういった当たり前のことをずっとやり続けていくことだと思っています。

購入した方とは、どのような会話をすることが多いですか?

印刷会社に頼んで製本したいわゆる「ZINE」とは別に、手作りで買ってきたノートに印刷したnoteの記事を貼り付けて、ページ数を自分で手書きでふり、表紙を自分で描き、目次やまえがきを書く手作りZINEというものを作ってるんですね。
それは自分がZINEを作るときにとてもデータ作ったりするのができないから極限までアナログに作った(超実家暮らしは友人に編集を頼みました)もので、全て内容が違うので一点物なのですが、それを見たある男性が「これはZINEの原点だ」って言ったんです。

僕からすると、正直「小学生の図画工作レベルだよな」って思ってたんです。手作りと言っても、それしかできないからそうしているだけだし。価値があるかどうかなんて興味がなく、作るのが楽しかったからやっているものなんです。でもそれを、「ZINEの原点だ」と言われたときに、解釈の多様さを感じました。

当然のように、自分がいいと思うものと他人がいいと思うものは違う。それだけじゃなくて、自分が込めていない意味や価値も言い方悪いですが、勝手に感じてくれる。そのときに何かを作るってことは、自分の思いとかは関係ないんだなと感じました。

自分の尊敬する作家の坂口恭平の言葉ですが、どんな作品も誰かにとっては傑作で、自分が駄作と思うかどうかは関係ないのだなと思いました。だからこそ、この自分の作品を求めている人に出会いに行きたいと思っています。