
アートと商い、2つを担う「顔」を作る。
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2026年5月16日
東京に関わるクリエイティブなプロジェクトを紹介する「Behind The Scene」シリーズ。今回は、日本とインドネシアのクリエイティブチーム9組によるグループ写真展 “Arifureru -凡- Mundanity” を紹介します。 段ボールで作られた伝統衣装が東京の公園に現れ、子どもたちはいつもの家の中でデザイナーズウェアをまとう。特別な舞台ではなく、生活の延長にある風景から、日常が少し違って見えてくる瞬間を探ります。


2026年5月16日から17日にかけて、東京・渋谷の裏参道ガーデンで開催された、日本とインドネシアのクリエイティブチーム9組によるグループ写真展。日本語の「凡(ありふれる)」を手がかりに、住宅、街角、公園、家族のいる部屋など、誰かの生活が息づく場所を写し出す。
写真展 “Arifureru -凡- Mundanity” のテーマは、日常です。
家の中に残る生活の跡、見慣れた街角、公園を通り過ぎる人、家族が過ごす部屋。作品の舞台になるのは、特別につくられた場所ではありません。誰かが実際に暮らし、時間を重ねてきた場所です。
本展には、日本とインドネシアのクリエイティブチーム9組が参加しています。それぞれの写真は、ありふれた風景の中にある文化や記憶、感情の層を見つめています。


たとえば、ShadeeqaとNymphmawarは、インドネシアやマレーシアの伝統衣装であるケバヤに着想を得て、段ボールで衣装を制作しました。その衣装を身につけた人物が立つのは、東京の何気ない公園です。フレームの中を通り過ぎる人々や、日常の中にある都市の風景が、故郷から離れた場所で生きる感覚を映し出します。
Farid Renais Ghimasの作品では、姪や甥が、普段過ごしている家の中でデザイナーズウェアをまといます。ファッションは一時的にその空間へ入り込みますが、ステッカーや家具、学習表、使い込まれた部屋の表情はそのまま残っています。特別な服といつもの家。その二つを強く対比させるのではなく、同じ空間の中に自然に共存させています。


“Arifureru” は、日本語の「凡」に由来する言葉です。ありふれたもの、日常的なもの。その言葉が示すものを、退屈なものとしてではなく、世界を見るための視点として捉え直します。
日本とインドネシアという異なる文化を背景に持つ参加者たちは、それぞれのまなざしで日常を切り取ります。そこには、国や文化の違いだけでなく、誰かの生活に触れたときに生まれる共通した感覚もあります。
何も起きていないように見える時間の中にも、誰かの記憶や習慣、感情は残っている。“Arifureru -凡- Mundanity” は、見過ごしていた日常が少し違って見えてくる写真展です。